配偶者が亡くなった後の葬儀費用や遺族の生活費を確保するには

司法書士山本宣行のコラムです。
ご相談者の皆さまが疑問に思われるような法律手続きのお話しや普段聞き慣れない法律用語など身近な法律問題を取り上げて解説致します。

死亡により金融機関が凍結した預貯金の払い戻しには時間がかかる

亡くなって法定相続人が相続する場合に凍結した預貯金の払い戻しを受けるために思いのほか、手続きで時間がかかるのを皆様はご存知でしょうか。
亡くなると金融機関が故人名義の預貯金口座を凍結することにより相続人による払い戻しの相続手続きが必要となります。
この相続手続きに時間がかかってしまう1番の理由としては被相続人の出生からお亡くなりまでの戸籍謄本を揃える必要や法定相続人全員の署名や印鑑証明書を揃えて金融機関の窓口に提出しなければなりません。
地方出身の方で戸籍の集める枚数が多いかたや相続人が遠方に居住していたり連絡が取りづらい場合や遺産分割協議が難航する場合など払い戻し手続きが完了するまで非常に時間がかかってしまいます。
したがって、死亡直後にすぐに必要となる故人の葬儀費用や故人の預金口座に生活費を頼っていた配偶者や遺族にとっては困ってしまう局面が考えられます。
今回のコラムでは遺言代用信託の手続きを利用することで前述した資金を確保する方法について下記に事例をあげて説明したいと思います。

事例 家族の状況

・子供は長女と長男が遠方で独立して暮らしている。
夫は今のところ元気ではあるが万が一先に亡くなってしまった場合にすぐに葬儀費用や残された妻自身
 のための生活費が夫名義の預貯金から必要となるが相続手続きには時間もかかるため、妻が煩雑な諸手
 続きを行えるか心配と考えています。

・今のうちに預金をおろして現金で置いておくのには防犯上、心配なので避けたい。

上記事例における将来の検討

何もしない場合

本事例の場合にもし夫が先に亡くなってしまうと金融機関が故人名義の預貯金口座を凍結することにより相続人による払い戻しの相続手続きが必要となります。
この払い戻し手続きには被相続人の出生からお亡くなりまでの戸籍謄本及び法定相続人の現在戸籍や金融機関が用意する相続手続の届出書若しくは遺産分割協議書を作成のうえ法定相続人全員が署名捺印し印鑑証明書を揃えて金融機関の窓口に提出しなければなりません。
したがって、故人名義の銀行口座から生活費を頼っている配偶者にとっては、解約手続きが完了するまでの間は資金が捻出出来ない事態となってしまうことも考えられます。

遺言代用信託とは

遺言代用信託とは単独行為である遺言書とは違い生前に自己の財産を委託者として信頼のおける子供などを受託者として信託し、生前には委託者である自分自身を実際の利益を受ける受益者として、自分の亡き後は残された配偶者などを第二受益者とすることで、死亡後の財産分配を故人の意向どおりに信託によって達成させる契約となります。
この信託は生前行為で自己の財産の承継を図る遺言や死因贈与と類似する機能を有しており2種類あります。
①委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する旨の定めのある信託。
(参考 信託法90条1項1号)
②委託者の死亡の時以後に受益者が信託財産に係る給付を受ける旨の定めのある信託。
(参考 信託法90条1項2号)
遺言代用信託はあくまでも委託者と受託者との契約であるため、遺言のように民法で定められた厳格な規律や遺言執行手続が無いため執行手続きに時間がかかり利害関係人とのトラブルが生じるリスクは軽減されていると考えられます。

本事例における資金確保を目的として遺言代用信託を利用する場合

本事例のように残されるであろう妻にとっては葬儀費用や当面の生活費に相当する預貯金を安全に確保して亡くなった後も不便や不安が無いようにしてあげる方法として遺言代用信託の利用が考えられます。
この遺言代用信託を利用することで夫である甲が例えば葬儀費用や妻への生活費を確保した預貯金を信頼のおける長女乙などを受託者として信託し、自己を第一受益者とする契約を設定しておくことで仮に委託者が年金や他の預貯金で補うことが出来ない出費が生じた時には一時金を信託財産から受領する権限を有していますので委託者である夫が困ることもありません。
また委託者兼受益者である夫甲の死亡後に妻を第二受益者として指定しておくことで、信託財産となっている預貯金に関しては煩雑な相続手続きが不要となり葬儀費用や妻自身の生活費を設定した信託財産から工面することが可能となります。
信託の契約内容は信託の終了事由として夫及び第二受益者である妻の死亡した時や信託財産が消滅した時として残余財産があれば相続人へ法定相続の割合で帰属させるという内容にすることも可能です。

遺言代用信託を利用する場合の注意ポイント

この事例の契約方法としては委託者である夫が実際の権利を受ける受益者になっており、名義のみを受託者である長女にしているため、税法上贈与税や譲渡税は発生しませんが受益者を第三者にしてしまうと税法上の課税が発生すると考えられますので注意が必要です。
本事例のように夫である委託者兼受益者が死亡後、第二受益者にとっては、受益権が夫から遺贈されたものとみなされるため、相続税の課税対象となります。
(参考 相続税法9条の2)
また前述しているように遺言代用信託は生前行為で死亡後の自己の財産の承継を図り財産分配を達成しようとする制度で遺言や死因贈与と類似の機能を有しているため遺留分減殺請求の対象となってしまうと考えられますので、相続人への遺留分を考慮してあらかじめ相続人全員へ説明のうえ制度の利用にあたり理解を得ることや配慮を忘れないようにすることが重要と言えるでしょう。契約にあたっては財産の特定や運用方法を明確に定め受託者が行うべき事務内容を具体的に定めて委託者の相続人とトラブルを避けるように配慮することは同様に重要なことと言えます。

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